ことのは採集

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プラトン『国家』

こんにちは、真音とろっぽです。

ようやく読み終わりました。プラトンの主著『国家』です。私はプラトン全集で読みましたが、同じ訳者のものが岩波文庫で2巻本になっています。

[★★・・・] プラトン著、田中美知太郎、藤沢令夫訳『プラトン全集』第11巻(クレイトポン、国家)、岩波書店、1976年

国家〈上〉 (岩波文庫)

国家〈上〉 (岩波文庫)

 

前説とも言える『クレイトポン』(こっちは短い)と合わせると、800ページを超えます……長かった。5月の火事に見舞われる以前から読んで、やっと読み終わりました。途中、あまりに退屈なのでなかなか進まなかったのです……。

『国家』では「たとえ不利益を被るとしても、正しく生きる方がより善いと言えるのか」という問題をめぐって長々と討論します。『国家』という題名が付いているのは、正しい人間のあり方を正しい国家のあり方との類比で考えようとするからです。

 

ですので国家論が展開されるのですが、その中で「詩人追放論」と言われるものが出てきます。理想国家の中に詩人を置いてはならない、というのです。

「ただしかし、必ず心得ておかねばならないのは、詩の作品としては、神々への頌歌とすぐれた人々への讃歌だけしか、国のなかへ受け入れてはならないということだ。もしも君が、抒情詩のかたちにせよ叙事詩のかたちにせよ、快く装われた詩神(ムゥサ)を受け入れるならば、君の国には、法と、つねに最善であると公に認められた道理とに代って、快楽と苦痛が王として君臨することになるだろう」(607A)

ホメロスとかギリシア悲劇詩人なんかが念頭に置かれています。彼らのつくる詩(叙事詩とか抒情詩)は、感傷的で俗悪、見かけ倒しで反理性的なものばかり。国民を堕落させてしまうというわけです。

現代でもプラトンは同じことを言いそうです。理想の国家から映画やTVドラマを追放せよ、流行歌などもってのほか。もちろんお笑いも絶滅させよう。

 

いやまあ、現代の映画や流行歌に比べれば、ホメロスやソフォクレスの何と気高く神々しいことか、と思いますけどね……。ともかく、ホメロスやギリシア悲劇も一度読みたいなあ、と反面教師的に思いました。